さくらちっぷ

駆け出し同人サークルのブログです

馬車について

なんらかです.

今回は馬車について書きます.


地球において,自動車が普及し始めたのは19世紀の中頃です.

当時の自動車は蒸気を用いて動いていました.

その後19世紀の終わり頃に,今も走っているようなガソリン自動車が誕生します.


自動車(と呼べるようなもの)が初めて生まれたのは18世紀ですから,当然中世にはそういった車は存在しませんでした.

そのため中世では,車両を動かす動力に馬を用いてきたのです.


人類は古代の段階で車輪を手にしていました.

車輪が発明された当初は重たい荷物を運ぶための荷車に使われていましたが,その間もなく後に動物を動力として使い始めます.

チャリオットと呼ばれる戦車の誕生です.

この戦車の記録は,各地の古代文明跡から見つかっています.

馬車の原点は戦車だったのです.


発明初期の車輪は,非常に簡素なものでした.

円盤状に加工した木の板の中心に,青銅の棒を差し込んで車輪は作られました.


鉄が生まれるとより堅牢な構造の車輪が作れるようになり,馬車が誕生しました.

多くの古代文明では馬車はチャリオットとして使われていましたが,古代ローマ帝国が誕生すると,その用途は経済に向けられました.

馬車は戦闘用の乗り物から,輸送用の乗り物に役割が変化していったのです.


チャリオットは長距離の移動には不向きです.

乗組員は,馬引きを含めて全員が立っていなければなりません.

また前輪と後輪との距離が近く,非常に不安定でした.


こういった問題点を解決し,人員や貨物の輸送用に変化したものが馬車になります.

前回の記事で書いたとおり,街道はすでにローマ帝国の時代に整備されていました.

人は馬車を使って,この街道を移動したのです.


さて,この馬車の乗り心地は大層なものでありました.

なにせ,当時はまともなサスペンションなどありませんでしたから.


人を乗せるための馬車には,車両のフレームから座席部分を紐や革で吊り下げる形でサスペンションが備わっていました.

しかしこれはあくまで「多少はまともになったかな?」程度のものでした.

さらにローマ帝国の建設した街道は,帝国が崩壊すると管理が不十分になり,路面状況は悪化しました.


中世における馬車の役割は,主に物資の輸送です.

馬車は高価なものでしたから,領主御用達の商人たちや貴族などしか所有していませんでした.

その貴族たちはほとんど城から出ないものですから,人の輸送に馬車が使われることは意外と少なかったのです.


バネによるサスペンションが広まったのは,16世紀から17世紀の間であるようです.

中世は西暦1500年代で終わりますから,この間に馬車にバネのサスペンションが搭載されることはありませんでした.


現代におけるバネといえば,金属の棒をぐるぐる巻きにした圧縮コイルばねを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?

しかしこうしたバネが登場するのは17世紀後半です.

16世紀においては,ぜんまいばねと呼ばれるバネが主流でした.

こうしたバネが普及することによって,馬車はようやく高度な乗り物に発展したのです.